大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和58年(ヨ)2121号 決定

申請人

渡辺久志

右代理人

竹内平

岩月浩二

田原裕之

水野幹男

被申請人

ブラザー陸運株式会社

右代表者

佐藤等

右代理人

佐治良三

建守徹

藤井成俊

主文

一  申請人は被申請人に対し、申請人が労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し昭和五八年一一月二七日以降本案第一審判決の言渡しに至るまで、毎月二八日限り一か月金一五万円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一申請人の本件仮処分申請の趣旨及び理由並びに主張は、本件記録中の申請人の「仮処分命令申請書」及び準備書面(八)記載のとおりであり、被申請人のこれに対する答弁と主張は本件記録中の被申請人の「答弁書」及び「準備書面(最終)」記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

(被保全権利について)

一被申請人は、資本金六〇〇〇万円、従業員約八〇名を擁し、貨物自動車による運送事業等を営む株式会社であり、申請人は昭和四八年四月二一日被申請人に自動車運転手として入社し、主として大型貨物自動車による長距離輸送の乗務員として勤務してきたものであるが、被申請人は、昭和五八年一一月二六日申請人に対し、同日付解雇通知書の交付をもつて、申請人には就業規則四八条(1)号(4)号及び同規則二七条(2)号による同四八条(15)号に該当する懲戒解雇事由があるので、同四九条(5)号に従い申請人を即時、懲戒解雇する旨の意思表示をしたこと(以下「本件解雇」という)は当事者間に争いがない。

二そこで被申請人の掲げる右懲戒解雇事由の有無について検討する。

1 被申請人が本件解雇をなす直接の動機となつた積荷の紛失事故について

本件疎明によれば次の事実が一応認められる。

(一) 申請人は昭和五八年一一月一七日、自己の運転する大型トラックに石油ストーブ二〇〇個を積載して、名古屋市から横浜市まで運送業務に従事した後、被申請人の関連会社(通称を東京営業所という)の指示により、翌一八日午後二時三〇分頃、同営業所において、右トラックの荷台に幌シートを設置したうえ大栄運輸株式会社(以下「大栄運輸」という)葛西営業所に赴き、大小雑多な荷物、数百個を積み込み、更に、同社横浜営業所において荷物を積み込むため、同営業所に向けて運行し、翌一九日午前〇時二〇分頃、同営業所に到着した。同営業所にはジュータンその他の積載すべき荷物がすでにホームと呼ばれる積み込み台の上に仕訳けされすぐにも積み込める状態に置かれていたので、申請人は到着後直ちにトラックの荷台後部のアオリ(高さ約五〇センチメートル)を下して右営業所の従業員二人に手伝つてもらい右荷物の積み込みを開始した。右積荷の中に株式会社日立製作所(以下「日立」という)製の半導体部品の入つたダンボール箱(その大きさは一五センチ立方から四〇センチ立方位までのもの)五八個も混つていたが、申請人は、前記東京営業所から積荷の種類等について何も聞かされておらず、ただ大栄運輸の指示する荷物を積載運送するようにとの指示を受けていたにすぎなかつたから、右ダンボール箱の中味が何であるかまでは分らなかつたけれども、右ダンボール箱の中に日立の製品が入つていること、それがかなり高価な荷物であつて取扱い等にも注意を要するものであることは、これまでの経験と、右ダンボール箱を止めてあるビニールテープの特徴からこれを知ることができた。申請人は、先の葛西営業所において、すでに、積荷が荷台前部の三分の二辺りまで積まれていたので、まず長さ約三メートル直径約二〇ないし三〇センチのジュータンの巻いたもの約三〇本を右荷台の車体に沿う形で右荷台の後部三分の一の部分に敷くように積み、その上に他の雑貨を積み上げ、その後、空いている幅三〇センチ位のスペースに右ダンボール箱を高さ九〇センチ位の高さに積み込んだ。積み込みが終ると申請人は前記アオリを立て、その上方部分に幌シートを掛けて荷台後部を密閉し、幌シートの先端のゴムヒモを引張つて荷台下のフックに止め、運行準備を終え、右営業所事務所で積送り伝票の入つた袋を受け取り、中味を確認することなく、同一九日午前〇時四〇分頃大栄運輸名古屋営業所へ向けて出発した。なお右積み込みの際、申請人は、積荷の種類、個数について積送り伝票と対比させていちいちこれを確認していないため、前記ダンボール箱の個数が全部で五八個あつたこともまた確認していない。

申請人は東名高速道路を利用して運行し、同一九日午前二時四〇分頃、三方原パーキングエリアに至り、同所で三〇分程休憩と軽い食事を取つたが、その際、トラックの周囲を一回りし、幌シートの状況等を確認したが、特に異常はなかつた。それから申請人は途中休憩をとることもなく運転を続け、同日午前五時頃大栄運輸名古屋営業所へ到着し、しばらく荷降しの順番を待つてから、ホームにトラックを着け、前記積送り伝票を同営業所の係員に渡し、同営業所従業員に手伝つてもらい、荷降しを済ませた。その段階で、荷物の個数等を確認していた同営業所係員から、前記ダンボール箱が三個足りないことを知らされ、右係員とともに改めて荷降しを済ませた荷物を、右積送り伝票と対照して個数を確認したが、やはり三個不足していた(以下「本件紛失事故」という。)。

(二) しかし、同営業所の係員が積送り伝票記載の積荷の個数と実際に積み込まれた荷物の個数の違つていることもあるので、横浜営業所へ確認してから申請人の方へ連絡する旨好意的意見を述べてくれたことから、申請人はその結果に期待して同日午前七時三〇分頃本社営業所へ戻つた。申請人は同営業所で所長の小島松弘(以下「小島所長」という)と顔を合せたが、本件紛失事故の件に関しては何らの報告もしないまま、帰宅してしまつた。

(三) その後、同日午前九時三〇分頃、大栄運輸横浜営業所長から小島所長に対し、大栄運輸側の調査の結果によれば日立の製品の入つたダンボール箱三個は、申請人が運送中に落下・紛失したものと考えられるので、所轄道路公団管理事務所及び警察署等へ紛失届を出して欲しい旨の電話連絡があり、小島所長は早速申請人を呼出し、本件紛失事故の真偽を問い質したが、申請人からは前記横浜営業所から名古屋営業所までの運行状況について説明があつただけで、本件紛失事故の原因等について格別参考となるような答えは聞かれなかつた。

(四) 結局、紛失したダンボール箱はその後も発見されず、そのため、被申請人は大栄運輸から運送契約上の不手際を理由に、昭和五八年一一月二一日以降、横浜方面から名古屋方面への運送の委託を停止され、翌昭和五九年二月二三日、大栄運輸との間に本件紛失事故に関し、次のとおりの示談が成立し、示談金三〇四万二九六〇円を支払つた。

(1) 本件紛失事故にかかる日立製品代 金六一万〇九六〇円

(2) 本件紛失事故により大栄運輸が日立との取引を停止されたため、大栄運輸の被つた左記損害金

(イ) 専用車両のパワーゲート代 金四五万二〇〇〇円

(ロ) 右取り付け取り外し、塗装代 金三三万円

(ハ) 休業損害、一か月五五万円の三か月分 金一六五万円

2 申請人の過去の事故歴と取引先への出入禁止措置について

本件疎明によれば次の事実が一応認められる。

(一) 申請人は、昭和五〇年から同五八年にかけて、被申請人主張のとおり運送業務に従事中に、申請人の過失により追突事故、積荷の破損事故等合計九回の物損事故を惹起し、そのため、被申請人はその都度、被害者、顧客等に対し、被申請人主張のとおりの損害賠償金を支払つた。

(二) 被申請人は昭和五二年から同五八年にかけて、被申請人主張の頃その主張の取引先から、合計三回にわたつて、右取引先へ申請人が集配業務に赴いた際の申請人の業務態度が悪いことを理由に、申請人を右取引先の営業所へ出入させないで欲しい旨の強い要請を受けたため、やむなく、申請人を右取引先への荷物の集配業務から外し、他の者をこれに充てるなどの措置を講じた。

3 本件解雇に至る経緯について

被申請人は、本件紛失事故が、申請人の長距離トラック運転手としての基本的注意義務を怠つたことにより惹起されたものであるうえ、大栄運輸からは前記のとおり取引を停止され、更には多額の損害賠償請求を受けることも予測されるなど、その結果も極めて重大であると判断されたことから、申請人のこれまでの勤務態度、勤務成績などを総合して、これ以上、申請人を雇用することはできないとして、同五八年一一月二一日午後五時頃、前記小島所長をとおして、申請人に対しまず任意の退職を勧告し、これに応じない場合は懲戒解雇も考えている旨を伝えた。これに対し申請人は、二、三日考慮期間が欲しい旨答え、その間申請人の属する全国運輸一般労働組合ブラザー陸運支部(以下「組合支部」という)役員らとも相談した結果、同月二四日組合支部委員長を通じて、任意退職の勧告には応じられない旨の回答をした。

被申請人は、今後の申請人の取扱い方について再検討したが、前記と同一の結論に達し、同月二六日午前九時頃、小島所長をとおして、申請人を被申請人会社事務所に呼び出し、前同様の勧告をしたが、申請人はこれを断つた。そこで被申請人は懲戒解雇の手続を進めていたところ、組合支部から被申請人に対し、懲戒解雇だけは避けて欲しい旨の申し入れがあつたため、懲戒解雇はやむを得ないところであるが、特に申請人の利益を図る意味で、任意退職と同様に予告手当、退職金等を支給することとし、同日午前三時三〇分頃、組合支部委員長を同席させたうえ、申請人に対し、本件解雇の意思表示をし、併せて一一月分の賃金二〇万七八二二円、予告手当三〇万三〇〇六円、退職金八〇万九一〇〇円を提供したところ、申請人は一旦これを受領したが、一一月分の給料のほかは受け取れないとして、翌日、右予告手当と退職金を返却してきた。

4 本件解雇理由について

以上1ないし3において認定したところにより被申請人が、本件解雇の理由とするところを具体的に就業規則に即してみると、まず、本件紛失事故は、懲戒事由を定める就業規則四八条(4)号にいう「重大な過失により会社の信用を毀損し、又は会社に損害を及ぼしたとき」に該当するとともに、前記2記載の過去の事故歴、取引先への出入禁止措置等と合せて、申請人の勤務成績の不良を象徴するものであるから同規則四八条(1)号の「勤務成績不良」に該当し、また、本件紛失事故につき小島所長に報告しなかつたことは同規則二七条(2)号の「職務を処理した結果を所属長に報告すること」との服務規律を遵守しないものとして同規則四八条(15)号の「前各号の外、この規則ならびに会社諸規定を遵守しないとき」に該当するのでこれらの懲戒事由について、申請人には、同規則四九条(5)号の「本人の改善の見込みなしと認めたとき、および会社の統制上他に多大な悪影響があると認めたとき、又は会社が非常に迷惑を蒙つたとき、解雇予告をしないで即時解雇する。」との懲戒解雇に該当する事由があるので、これを適用して、申請人を本件解雇に処したものであることが認められる。

5  そこで、まず本件紛失事故が右就業規則四八条(4)号に定める申請人の重大な過失に基づいて生じたものであるか否かにつき検討する。

(一)  被申請人は、申請人には、本件ダンボール箱等を運送するに際して、荷物がトラック荷台アオリより高く積まれていたのであるから、荷崩れした場合でも積荷が荷台から落下しないよう、トラックに常備してあるアテ板(九〇センチ×一八〇センチ四方、厚さ約一〇ミリ位のベニア板)を後部アオリの内側部分に当てたうえ幌シートを完全に掛けて運行すべきであつたのにこれを怠つた重大な過失がある旨主張し、本件疎明によれば、被申請人会社における多くの長距離輸送トラック(以下単に「トラック」ということがある)の運転手が、雑貨、小物類を荷台アオリより高く積んで運送する場合に被申請人から貸与支給を受けているアテ板を用意して、荷物の落下しそうなアオリの部分(通常は後部が多いが、同所に限られるわけではない)に当てて、積荷の幌シートとアオリの間からの落下を防ぐ措置を講じていたことが一応認められる。

しかしながら、総てのトラックに恒常的にそのようなアテ板が備え付けられていたかは疑問であつて、むしろ本件疎明によれば、トラックの用途とか、積載貨物の種類によつては、もともと、アテ板を必要としないものもあれば、逆に積荷の落下防止のためには被申請人から支給された程度のアテ板では不十分な場合もあり、また一旦支給されたアテ板が紛失するなどして備え付けられていないトラックもあるというのが現実であつたこと、しかも被申請人から申請人を含め総てのトラックの運転手に対しアテ板を常備するようにとの指示がなされていたわけではないことが一応認められるうえ、実際のところ、申請人のトラックにアテ板の備え付けはなく、名古屋市から横浜市までの運行業務における積荷はアテ板はもとより幌シートさえ必要としないものであつたこと、帰り荷は確かに雑貨ということで幌シートの必要なことは分つていたのでこれに対する準備はしたものの、本件紛失したダンボール箱のような小型でかつ高価な荷物が多数含まれていることまでは予め知らされていなかつたことは前記1の(一)において認定したとおりである。ところで、幌シートは、本来、右のような雑貨小物類を荷台アオリ部分よりも高く積み上げ、運送中に荷崩れが生じても、落下等による紛失事故が発生しないようにすることも重要な目的として案出された設備と考えられるところ、本件疎明によれば、申請人の運転していたトラックも同様の機能を果すよう備え付けられていたにちがいないものであること、申請人は、日立の製品の入つた本件ダンボール箱を他の荷物と一緒に積み込む際、前認定のとおり積載の方法にもそれなりの配慮をし、最後に幌シートも、通常、運転手がするのと同様の手順に従つてこれを完全に掛け、途中休憩した際も積荷の安全を確認していることが一応認められるのであつて、以上認定の事実に照らすと、申請人が、本件ダンボール箱等を運送する際、予めアテ板を用意することもなく、従つて、これを利用して本件紛失事故を防ぐ措置を講じなかつたからといつて、申請人に長距離トラックの運転手としての基本的注意義務に違反した重大な過失があるとまでは認め難い。

(二) もつとも本件疎明資料中には、申請人は、大栄運輸の係員から、わざわざアテ板をするようにとの注意を受けたのにこれをしなかつたとの供述記載もあるけれども、右はいわゆる再伝聞の供述であるうえ、果して真実そのような指示がなされたものとすれば、申請人のトラックには、アテ板の備え付けはなかつたわけであるから、その場で、右係員から、これに代るアテ板等の提供の話などもあつてしかるべきであるのに、そのような話の出た形跡もないことに照らすと、右供述記載もにわかに措信し難い。

また、申請人は、三方原サービスエリアで休憩した際自車の最後部幌シートが外側に弓状にふくれているのを認めながら何らの処置もとらないまま運行を続けたことを小島所長に申述した旨の供述記載も右最後部幌シートの状況が、被申請人が主張するような、積荷の異常を推測させるものであつたとすれば、そもそも、右申請人の申述の内容自体が、一般の運転手の行動様式に照らして、あまりにも異常としか言いようのないものであるから、申請人が他に特段の理由や説明もなく、右のようなことを述べたとする右小島所長の供述もたやすく採用し難いところであつて、他に本件事故が申請人の重大な過失により生じたものであることを認めるに足りる疎明はない。

6 次に、本件紛失事故が前記申請人の過去の事故歴及び取引先への出入禁止措置と合せて右就業規則四八条(1)号、四九条(5)号所定の勤務成績不良による懲戒解雇事由に該当するか否かにつき検討する。

(一) ところで、勤務成績不良により従業員を懲戒解雇に処するには、従業員に「勤務成績が不良である」との要件の外に、その不良の程度が、「本人の改善の見込みなしと認められるとき」および「会社の統制上他に多大な悪影響があると認められるとき」又は「会社が非常に迷惑を蒙つたとき」との要件に該当することが必要であることは右就業規則の規定の文言上から明らかであるが、さらに右要件の該当性の評価、判断に当たつては、一般に、懲戒解雇が、賃金を唯一の生活手段とする労働者にとつて、社会的、経済的に決定的な影響を与える最終的処分と考えられていること、被申請人の就業規則上も、譴責から始まる五段階の最終的な懲戒処分として規定されており、これら他の懲戒処分との権衡の点なども綜合考慮すると、単に当該従業員の勤務成績が他の従業員に比べて劣つているというだけでは足りず、その程度が著るしいため改善の見込みがないと認められたとか、会社のうけている統制上の悪影響又は迷惑の程度もそれが会社の統制上あるいは営業面等で看過できないくらい広範囲かつ深刻なものであつて、当該従業員を他の業務に配置転換するなどの方法によつては回避し難い状況に至つていることが必要であると解するのが相当である。

(二) そこでこれを本件についてみるに、本件紛失事故及び前記2の(一)(二)記載の事故歴等(以下「本件事故歴等」という)が職業的運転手としての申請人の勤務成績の不良を示すものであり、被申請人がこれにより相当の損害を受け、迷惑を蒙つたことは前記12において認定したところから明らかである。

しかしながら一方、右12において認定したところからすれば、本件紛失事故を含め、申請人の起した事故はいずれもいわゆる物損事故であつて、事故の態様も悪質なものではなく、本件紛失事故により被申請人が大栄運輸に支払つた損害賠償金の総てについて申請人の過失と相当な因果関係が認められるものかどうか疑問もあること、加えて、本件疎明によれば、被申請人は、本件解雇処分を決定した当時、本件紛失事故にかかる日立の製品について、これが企業秘密に関わる極めて重要な物品であるとの認識をもつて、右事故に対処していたことが認められるところ、後日判明したところによれば、被申請人が心配したような企業秘密にかかわるような物品ではなく、従つて被申請人の判断の前提事実に誤りがあつたわけであるが、その点をひとまずおくとしても、このような高価な荷物を幌シートを備えただけのトラックで、他の荷物と混載して運送させたこと自体に運送管理上問題がないとはいえず、事実、日立から大栄運輸に対して、予てより本件のような紛失事故の発生を防止する趣旨からも、箱ボディー車による運送を要請されていた形跡も窺えること、本件出入禁止措置にしても、被申請人は、取引先からの要請の是非について申請人に確認あるいは真実を追求するというのではなく、差し当たり、取引先の要請に従つて、申請人を同取引先への集配業務から外し、他の従業員をこれに充てることによつて、事を穏便に済ませてきていること、しかも被申請人は本件事故歴、出入禁止措置等について、これまで申請人に対し最も軽い懲戒処分である譴責処分にさえ付したこともなく、口頭注意で済ませて来ていることが一応認められ、これらの事実に照らすと、申請人の勤務成績の不良の程度が前記(一)に述べた程に改善の見込みがなく著るしく劣悪であるとか、被申請人に職場の統制上看過し得ないような悪影響を与え、あるいは被申請人に非常な迷惑を蒙らせたとの事情は認められず、他にこれを認めるべき疎明は存しない。

7 申請人が本件紛失事故について、小島所長に報告しなかつたことが、就業規則二七条(2)号に定める服務規律違反に該当するものであることは明らかであるが、これに同規則四八条(15)号、四九条(5)号を適用して申請人を懲戒解雇に処するには、右要件の該当性について更に慎重に吟味されなければならないものであることは右6の(一)において述べたとおりである。

そこで、右見地に立つて、申請人の右服務規律違反行為の右規則各号の該当性について検討するに、本件疎明によれば、申請人が本件紛失事故の件を小島所長に報告しなかつた経緯は、申請人が小島所長と顔を合せた段階では、申請人自身、本件事故の発生そのものについて半信半疑の状態で、ましてそれが自己の運行中の不手際による落下事故であるなどとは考えてもおらず、むしろ大栄運輸係員からの好連絡を期待していたものであること、しかも、申請人が帰宅後、間もなく大栄運輸横浜営業所長から、被申請人会社へ連絡が入つたこともあつて申請人が本件紛失事故の報告を怠つたことにより、被申請人は大栄運輸から前記の損害賠償請求を受けたり取引停止等の処分を受けたわけではなく、また、大栄運輸との交渉あるいは本件紛失事故の事後処理について格別の不都合もなかつたことが認められ、これらの事情に照らすと、右服務規律違反行為をもつて、同規則四八条(15)号、四九条(5)号に該当するとは到底認められず、他にこれを認めるべき疎明は存しない。

8 被申請人は、申請人が解雇予告手当等を受領したことから、申請人は本件解雇を承諾したものであり、信義則上も本件解雇の無効を主張することは許されない旨主張する。

なる程、解雇予告手当、退職金等が、被解雇者からの積極的要求により支払われた場合であるとか、右予告手当等を受領した後相当期間異議なく経過したなどの特段の事情が認められるような場合に、そのことから、被解雇者の当該解雇を承諾する意思を推認し、あるいは同処分の効力を争うことが信義則に照らして許されないと解されることがあるかもしれないけれども、それは、あくまで、例外に属する事であつて、特にそれが懲戒解雇のような場合は、右特段の事情を認めるには更に慎重でなければならないものと解される。

しかるに、申請人は、被申請人から退職を勧められた当初から、退職に難色を示し、特に懲戒解雇については強く反対する意思を表わしていたこと、退職金、解雇予告手当等も、被申請人から解雇の意思表示のなされた当日その場で渡されたもので、しかも翌日にはこれを返却していることは前記3において認定したとおりであつて、これら認定事実によれば、申請人に右特段の事情は認められず、その他被申請人のこの点の主張を認めるに足りる疎明は存しない。

三以上の認定事実によれば、本件解雇は、申請人に就業規則所定の懲戒解雇事由がないのになされた無効な処分というべきであるから、申請人は本件解雇の意思表示のなされた日以降においても、従前どおり被申請人の従業員としての地位にあることが認められる。

しかるに、被申請人は、申請人が右解雇によつて被申請人の従業員でなくなつたものとして、その就労を拒否していることはその主張自体から明らかであるから、申請人は、民法五三六条二項により、現に被申請人に対し賃金請求権を有しているというべきである。

そして、本件疎明によれば、申請人は、本件解雇当時、月額平均三〇万二〇〇五円の賃金を受けていたことが認められるから、右一一月二七日以降においても同額の賃金請求権があるものというべきである。

(保全の必要性について)

本件疎明によれば、申請人は、妻と高校を卒業して家事手伝い中の長女(本件解雇当時二〇歳)の三人家族であるが、妻は競馬場の臨時従事員として勤務し、少なくとも一か月平均二三万円位の収入を得ていること、名古屋市における昭和五九年四月一日現在の三人家族の標準生計費(愛知県人事委員会調べ)が一か月二〇万九四五〇円であること、本件解雇当時の申請人方の実際の生活費は一か月四二万円位であつたことが一応認められ、これらのことからすると、申請人は本件解雇に至るまで相当に余裕のある生活水準を維持してきたことが窺われるところである。

しかし、本件仮払の必要性は本案判決に至る間、申請人において著るしい経済的危殆を避け、本案訴訟を維持するには欠かせない金額の限度で肯定すべきもので、理念的に申請人の従前の生活水準を保障することとは一致しないというべく、従つて、申請人においてこれを切り下げるにはそれなりの困難を伴うとしても、前記一か月の平均賃金額全額について必要性を認めることは相当でない。そこでこれら本件記録に顕れた一切の事情を考慮して、申請人の右賃金の約五割に相当する一か月金一五万円の限度で仮払いの必要性を認めることとする。

(結 語)

以上の次第で申請人の本件仮処分申請は主文第一、二項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官宮本 増 裁判官福田皓一 裁判官佐藤 明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例